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10日連続更新

こんばんは。俺気づいちゃったんだけど、このブログ10日連続更新してる。・・・だって暇なんだもの。


暇・・・それは資本主義経済の到来とともに産声をあげた、自由が生み出す時間の牢獄。近代社会が得ようと望み続けた「休息」の究極の到達点である。


様々な者がこの時間の牢獄からの脱出を成功させる。ある者は所属機関の課外活動などにより、またあるものは、自身の資本を増加させる活動によって、またある者は愛する者と触れ合うことによって、この牢獄の鍵を手にし、開放を得ているのだ。


たが私は上のいずれの手段も持っていなかった。そんな私にとってこの牢の扉は、固く、重く、閉ざされていた。自由が生み出せし牢獄。自己矛盾に彩られたこの高く分厚い壁は私の前に立ちはだかり続けた。


光の差さない暗い部屋、そんな場所で死んだように生きる。そんな生活を繰り返す私のような人間は日々を一体何を頼りに生きるのだろうか。それは、「悟り」である。


私のような人間に共通して言えること、それは世間との交わりを絶ち、俗世と関わりを極微小にしかもたない極狭い世界で生きているということである。こうした人間は、人一倍欲求が自身に存在することを嫌う。したがって「悟り」に至る「自己鍛錬」を、常人に比べより多い回数を行うのである。


一般によく勘違いされているが、こうした人間が自己鍛錬を常人よりも頻繁に行うのは、まだ見ぬ未開の地への憧望が強いからではなく、自身に欲求が蓄積されることを望まず、そして行為後の「悟り」の境地を誰よりも好む高尚な心があるからなのだ。


こうした理由から、私のような人間は「自己鍛錬」を暇という牢獄にたいする鍵にして、そこからの脱出を図ることが多い。しかし自己鍛錬はその身に大きな疲労を残すため、続けて行うことは厳しいといわざるを得ない。どんな猛者でも1日に3回行えれば、十二分に賞賛に値するといえよう。よって1日という長い長い時間の波に対峙するには「自己鍛錬」だけでは不十分なのだ。


そこで私は




飽きた。なんか「暇だからブログくらいしかやることないんだよ」ってことを高尚に書こうと思ったんだけど、疲れたからやめた。


てこきたんとの記事の続きは明日書きます。ああいう系って以外と時間かかるんで。申し訳ないです。

勝手に義務感を感じてるパターンですね?わかります。
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